51日に改元され令和になって初めての観劇は日生劇場「クイーン・エリザベス」でした。現在に続くイギリス王室の基礎を築いたエリザベス一世の波乱に満ちた生涯を描いたもので、これまで日本や欧米で演劇や映画に数多く取り上げられている有名な作品です。

世界の先進国の中で王室が残っているのは日本やイギリス、デンマークなど限られた国になってきています。むかし教科書によく出てきたロマノフ王朝、ブルボン王朝などは、長い間全盛を誇り遺物もたくさん残されていますが、とっくに消えてしまった今となっては歴史の一コマというより多くの人にとっては高校や大学受験の際の一知識となってしまった(合格すれば忘れてしまう。)のです。実は私もその一人で大学受験時代にあれほど必死に覚えた西洋史もその後きれいさっぱりと忘れ果ててしまっています。

イギリスやフランスなどの王様の話やシェークスピアの戯曲などはその時代背景や家系図などの知識があると極めて興味深く観劇することができるのですが、言葉を換えれば芝居を演ずる側にとってそれらの知識は観客側が当然に持ちあわせているものもとして芝居を構成するため、それらが不案内だと芝居そのものも難解なものになってしまいます。“一定レベル以下の観客は劇場に来なくてもよろしい!”という上から目線的と言ったら言い過ぎでしょうか。このあたりは日本の歌舞伎にも通じるものがありますね。

このお芝居の粗筋は、16世紀後半、イングランドの王位継承争いによってロンドン塔に幽閉されたチューダー朝第5代君主エリザベスは(もうこの短い文章だけで“アタシもうだめ!”って感じますね、普通は。我慢してお読みくださいませ。)、謀反の嫌疑が晴れてやがてイングランドの女王に昇りつめます。

女王となったエリザベス一世にイギリス議会はお世継ぎのことを考えて一日も早く結婚するよう嘆願するのですが155811月女王の戴冠式に際してエリザベス一世はこう述べます。

「私は結婚いたしました。イングランドという名の夫と。皆さんあなた方一人一人が私の子供であり私の家族となったのです。」と。

議員たちの驚愕、呆然自失如何ばかり!君主が子供をもうけなければ国家は滅びると短絡的に考えたのです。映画でもお芝居でもハイライトシーンの一つです。

エリザベス一世は70歳近くで亡くなるまで独身を貫き通し、世に“バージンクイーン”と呼ばれる所以(ゆえん)です。しかし様々な貴族たちとの(お忍びの)恋愛は、その尊称が霞んで聞こえる、いや笑ってしまうほどに奔放でした。お芝居ではその恋愛シーンと共に女王の暗殺未遂や隣国との戦争、裏切りなど血なま臭い場面がテンポよく演じられ観客を飽きさせません。

1603年エリザベス一世没後にイギリス王として迎えられたのがスコットランド王のジェームス六世で、こうして現在のイギリスに至るイングランドとスコットランド二国の連合王国の礎が出来上がったのです。イヤー、昔覚えた西洋史の一端が40数年ぶりにちょっと頭の中からよみがえったようで少し嬉しかったです。

エリザベス一世が初めて映画に登場したのは1912年(大正元年)と言いますからもう100年余りも前になり数々の大女優が演じてきました(映画に疎い私は一人も知りませんが)。舞台となるとそれよりも当然にずっと前から取り上げられていたことでしょう。

日本でも上演が繰り返されていますが、坂東玉三郎が主演した舞台は結婚しなかったエリザベス一世が実は男だった!という意表を突く設定で話題になったそうです。

エリザベス一世の肖像画はたくさん残されていますがこれを参考にメイクや服装までその道のプロが主演の大地真央をエリザベス一世に仕立て上げるのですから似てくるのは当然です。宝塚出身の演技力とも相俟って大地真央のはまり役になるのではと思うほどに印象的な舞台でした。

驚いたのは観客のほとんどが女性客だったということです。最前列の男性客は私を含めてたった3人!二列目から五列目まで男性客は確認できず、おそらくこの日集まった日生劇場1300人あまりの観客のうちその95%以上が年端もゆかぬ幼女からオー昔若かった女性客だったものと思われます。大地真央のほか出演したタカラジェンヌは樹里咲穂という元男役の二人だけでしたからこの二人を目当てに女性客の皆さんは日生劇場にやってきたんでしょうかね。改めて宝塚歌劇の凄さに触れた思いです。

よし“イロモノ的発想を捨てて”そのうち私も宝塚劇場に足を運んで実際に歌劇を見てみるぞ!と思いながら劇場を後にしたのでした。