( “父の詫び状”その一 )

新型コロナウィルス蔓延のせいで令和2年は2月から4ヶ月連続で観劇をしていません。せっかく昨年から周到に準備をしてこの5月までチケット手配済みだっただけに残念でなりません。そこでこれまで30数年の間に観た千数百本のお芝居の筋書本を読み返しています。

私の中ではベスト3に入る作品であると思っている平成74月サンシャイン劇場公演「父の詫び状」の筋書本を久久にじっくりと読み返したとき、各名場面が記憶に鮮やかに蘇り感動を新たにしました。この作品は昭和56年台湾での飛行機事故で亡くなった向田邦子のエッセイ集を舞台化したもので、NHKでテレビドラマ化もされています。

粗筋は、日本が対アメリカ・イギリスとの戦争に踏み切る1年半余り前の昭和15年春ごろ保険会社に勤務する中牟田時雄(杉浦直樹)の課長昇進祝いが自宅で賑やかに執り行われる場面から始まります。娘で女学生の史子(高橋かおり)も母親さわ(藤村志保)と共に来客の応対に忙しく立ち働きます。謹厳実直を絵に描いたような時雄は威厳を大切にし、何より規律と礼儀を異常とも思えるほど重んじていました。しかし同居する時雄の母親とめ(藤間紫)に対しては何かと辛く当たります。昔芸者だったとめは時雄とその弟の二人の息子を育てながら、生きるためにパトロンも家にしょっちゅう連れてきていたのです。時雄にわずかな小遣いを渡し夜まで家に帰ってこないようにと命じたことが何度もありそのたびに幼い時雄少年はさらに幼い父親の違う弟と共に当てもなく街の中をうろついたのです。そのようなふしだらな母親が嫌で嫌でたまらない時雄は、その母親の血が流れていることに恐怖と嫌悪を感じ自分を律するために必要以上に謹厳実直な人生を歩み続けそしてそれを家族にも強いてきたのです。

芝居の上では45歳の時雄の母親は70歳前後の設定でしょうか、その年になっても近所に住まいする同年代の男友達溝口老人(下元勉)を時々家に連れてきてはお茶飲みをし一緒に出掛けたりもすることに時雄は嫌悪感を露にします。時雄の友達根本(名古屋章)はそんなとめの人生を「理解してやれよ。」と諭しますが時雄は素直には頷きません。私は自分の人生を重ね合わせるわけではありませんが、とめの思いも時雄の思いも哀れに思えるほどよく理解できます。

一般人と貞操観念が違う(と思われる)芸者稼業で二人の子供を育て上げねばならなかったとめはなりふりなど構っていられません。女性でも働く場が沢山ある現代と違って明治や大正時代の女性が一人で生き抜くのは想像を絶する苦労があったはずです。自分を援助してくれるパトロンに媚を売るのは当たり前以前の話です。しかし純真無垢な小学生だった時雄がそんな母親を嫌悪する気持ちも当たり前に分かります。

芝居には時雄の小学生の息子信夫の同級生富迫君も出てきます。母子家庭で母親富迫市乃(沢井孝子)は労働者で貧乏ですが時雄はこの子を可愛がります。しかし貧苦の中この母親は病気で亡くなり富迫君は遠くの親類に引き取られることになり、粗末なランドセルを背負い小さな手荷物一つを持って中牟田家にあいさつにやって来ます。最初は「僕はお国の為に少年戦車兵になります。」と勇ましく言っていたのがやがて「医者になって病気の人を救いたい。」と泣きじゃくりながら自分の母親を助けたくてもできなかった日頃の思いを口にするのでした。とめも泣きながらなけなしのビスケットをちり紙にくるんでみんな富迫君に手渡します。そしてナレーション、「富迫君から必ず出すと言っていた手紙は来ませんでした。富迫君のその後の人生は誰もわかりません。」

まもなく戦争に突入しそして敗戦、戦後の混乱のなかで富迫君が東京から遠く離れた親戚の家で幸せな少年時代を送れたとは到底思えません。

孫の信夫や史子に縁側でいつも昔話を聞かせていたとめにボケ症状が出始め、何度も同じ場面の話やとりとめのない話をしながらやがて眠るように亡くなります。とめのボケ症状を理解できない小学生の信夫が感じた恐怖も、私には似たような実体験があったせいでよくわかります。

そして中牟田とめの葬儀の際、焼香に訪れた(時雄が勤務する)保険会社の社長に対して史子たちがこれまで一度も目にしたこともないような卑屈とも思えるほどに頭を下げる父親の姿を見て仰天するほど驚きます。

そして史子のナレーション、「それはお辞儀というより平伏であった。家族にはあれほど暴君である父が、この姿で戦ってきたのだ。私は今でもこの夜の父の姿を見ると胸が疼くのである。」

中牟田家の中では絶対的存在の家長だった父親が初めて子供たちに見せる姿に史子は悲しくも感動するのです。時雄の心中も、そして史子の悲しい感動も私にはよく理解でき共感も覚えました。

この“父の詫び状”にはハイライトシーンがいくつもあります。というよりこのお芝居は大袈裟に言えば戦前のごくありふれた家庭における“日常の何気ない会話や諍い、仕草を通じたハイライトシーンの連続”で、そのたびに胸が熱くなり感動を受け続ける秀作中の秀作だったのです。

とめの遠い故郷に納骨に向かった時雄から史子宛に手紙が届くところが最後のハイライトシーンです。名優杉浦直樹扮する中牟田時雄のナレーションで流れるその短い文章は、これまで家族に厳しく当たってきたことを詫びるものでした。