平成24年6月は世田谷パブリックシアターで井上ひさし原作の「藪原検校」でした。今よりもはるかに衛生事情が悪く盲人が今よりもずっと多かった江戸時代、その盲人がのし上がるためには検校の位に着く必要があり実際は金を積んでその位を買ったのだそうです。

野村萬斎扮する杉の市(後の藪原検校)が宮城県の塩釜で盲人として生まれ様々な辛酸をなめながらも悪事を重ねてとうとう検校の位を金で買って上り詰めたと思ったときにこの杉の市の過去を知る女を殺してしまいそれが露見して斬首されてしまうという粗筋です。

この舞台を見ていた時にドキッとしたのが、いわゆる差別用語とされている“めくら”と“かたわ”というセリフが飛び出した時です。特に“めくら”という言葉が何度も何度も役者の口から出たので、観客である私のほうが大丈夫かなと心配になったほどです。

案の定、「藪原検校」の筋書本には井上ひさしさんによる“前口上”としてそのことが書いてありました。

昭和48年の初演の後、Aジャーナルの匿名批評家により批評が掲載され、その要旨は「めくらという差別的な言葉が連発されている。これは甚けしからぬことであり盲人を不当におとしめるものである。私はここに作者の志の低さを見た。」
というような内容だったそうです。当然のことながら井上ひさしさんは、盲人を不当におとしめる意図を持ってこの戯曲を書いたわけではありませんし、差別用語の貼り換えが福祉文化政策と考えることに反発しています。

NHKで台本を書いている時の実話だそうですが、毎週次のような指示を受けたそうです。
「盲というコトバは目の不自由な人に対して失礼だから削ってください。」
「片手落ちというコトバは片手のない人に気の毒ですからカットしてください。」
「はげ山というコトバは禿げ頭の人に悪いですから遠慮してください。」
「漁師も百姓もいけません。漁船従業員と農民に改めて下さい。」

噴飯ものと言わざるをえません。言い方を変えたからと言って実態が変わるわけではないのです。そしてAジャーナルのこの匿名批評家に対して

「あなたは今度こそ心眼を見開いてもう一度この芝居を虚心に見て下さい。そしてこの芝居を盲人に対する差別だという見方がかえってどれだけ差別的であったかに今こそ気づいてほしいと思うのです。」
と呼びかけて、結びにしています。

昭和31年にヒットした美空ひばりの歌に「波止場だよ、おとっつあん」という名曲があります。

古い錨が捨てられて、ほーら、雨に泣いてる波止場だよ。
年はとってもめくらでも 昔ならしたマドロスさんにゃ
海は、海は、海は恋しいよ、ねーえ、おとっつぁん

年老いて目の見えなくなった、昔マドロスだった父親と一緒に波止場にやってきた娘の悲しみが伝わってくる素晴らしい歌詞なのに、今は曲が流れません。

歌詞の中に“めくら”という差別用語が入っているからです。ある音楽評論家がこんな名曲を差別用語が入っているために歌われないのは惜しいので、例えば“めくら”というコトバを“めしい”という表現に改めてはどうか、と書いていましたが、実の娘が父親に対して“めくら”のていねい表現である“めしい”という表現はおかしいですしやはりこの場合悲しみを込めて“めくらでも”という表現がぴったりです。

三番の歌詞で

せめてあたいが男なら 親子二代のマドロスなのに
泣けて泣けて泣けてきちゃった、ねーえ、おとっつあん

という具合に結んでいます。素晴らしいストーリー性と哀調を帯びたメロディで私は美空ひばりの曲の中でもベスト3に入るものと考えていますが、カラオケボックスでもスナックでもめったにこの曲はありません。

たまにあって歌うとなんと1番の歌詞が“めくら”というコトバを憚って2番の歌詞に置き換わっているのです。2番の歌詞は3番の歌詞に置き換わり、3番の歌詞のときはまた2番の歌詞が出てくるのです。1番2番3番の歌詞から感じ取る起承転結のはっきりした物語性が台無しだ!と地団太踏む思いです。悔しいから私はテレビ画面の2番の歌詞を無視して(この曲は歌詞カードを見ないで全部歌える!!)堂々と1番から歌うのです。一緒に行った連れが「画面の歌詞と違うよ!!!」とおせっかいにも教えてくれるのですが、それを無視して“年はとってもめくらでも”というところを特に感情を込めて歌うのです。

島倉千代子のヒット曲で「東京だよ、おっかさん」というのがありますが、「波止場だよおとっつあん」が大好きだった島倉千代子がこれと似たような曲を歌いたいと懇願して出来上がったという話を聞いたことがあります。(真偽のほどは知りませんが。)

確かに感情という厄介な問題はあるものの、作家や作詞家、舞台の演出家などの立場からは、読者や観客に訴えかけるために言葉の選択は極めて重要であり、仮に“差別用語”とされる言葉が含まれていたとしてもそれは決して障害者をおとしめたり辱めるためのものではないのです。もう少し柔軟に考えてもらう訳にはいかないものなんでしょうかね。

何年か前に熱帯地域にしか生息しない「セアカゴケグモ」という毒グモが関西で見つかったというのでニュースになったことがありました。

このとき元大学教授で評論家の某女史が、このネーミングがけしからんと噛みついたことがありました。漢字で書くと「背赤後家蜘蛛」となって背中が赤いクモで交尾の後オスのクモを食い殺すことから後家という表現になったのだそうです。

この「後家」という表現が未亡人に対して失礼だと口角泡を飛ばして熱弁を振るっていたことがありました。セアカゴケグモという名前を聞いて私は特段の意識を持たなかった(ゴケが後家とは思わなかった。)のにこの某女史が騒いでくれたおかげで意味が分かったのです。言われなければほとんどの人が知らなかったでしょうが、この某女史のご人徳のなさかどうか幸いなことにあまり広がりはなかったようですがね。