乙式一型偵察機 第一次世界大戦後半に登場したフランスの傑作機サルムソンSAL2A2偵察機を大正8年ごろに輸入して国産化した偵察機で昭和8年ごろまで陸軍の主力偵察機として活躍した。乙式とはフランスのサルムソン社の飛行機を参 …
乙式一型偵察機 日本のラクーンモデルのほかになんとギリシャのガスパッチモデルがこの珍しい乙式一型偵察機の1/48キットを発売してくれたのは驚き!しかもこれまで見たことのないような丁寧なカラーの製作説明書の冊子も入っており …
八八式偵察機一型 乙式一型偵察機の後継機として国内の民間航空機メーカー三社による競争試作(日本初という。)によって川崎の飛行機が最優秀となり合格して昭和3年八八式偵察機一型として制式機となった。模型はラクーンモデルのみが …
八八式偵察機二型 一型の性能向上型であるニ型は機首が流線形に整形されプロペラスピナー装着されるなど見た目もかなり洗練された機体となった。200kg.の爆弾を積んだ爆撃機実験機はその後八八式軽爆撃機に発展した。昭和4年ごろ …
九二式偵察機 それまでの八八式偵察機に代わる軽快で前線での使用にも適する軽偵察機の必要を感じた陸軍が試作を命じた三菱がフランス人技師指導の下、視界や離着陸性能を重視しパラソル型の翼を採用した偵察機。昭和5年から8年まで2 …
九四式偵察機 昭和9年制式採用となった胴体は金属製で木金混合性の骨組みに羽布貼りの偵察機で爆弾も装備した。当時時速300㎞/hを超える最初の偵察機として注目されたという。 符号 キ-4 縮尺 1/48 模型メーカー コロ …
九四式偵察機(水上機単フロート型) 陸軍の偵察機ながら湖沼や川での運用も考えてフロート(浮舟)をつけた型もあった。水上機型の九四式偵察機はコロジーモデルでしか1/48キットを発売していない。 符号 キ-4 縮尺 1/48 …
九四式偵察機(水上機双フロート型) これは二つの(大きい)フロートをつけた型。この模型もコロジーモデルのみである。 符号 キ-4 縮尺 1/48 模型メーカー コロジーモデル 素材 レジン
九七式司令部偵察機一型 新型機の試作に当たっては軍からあれもこれもとの過大な要求事項が突きつけられるのが常だったが、偵察機は速度性能を最優先にするという画期的な発想で作られた偵察機で最高時速480㎞/hを記録した。昭和1 …
九七式司令部偵察機Ⅰ型 さすが日本メーカーのファインモールド社製のキットで何の問題もなく製作でき仕上がりもいいが、逆にあまりにも易々とできあがるので物足りないと思う人が出るかも。キット入手は容易である。 符号 キ-15Ⅰ …
九七式司令部偵察機二型 一型のエンジンをより強力なものに換装した性能向上型で、エンジン換装に伴い二型はカウリングを再設計しており一型とは別の飛行機のような外観となった。最大速度は510㎞/hに達し日中戦争や大戦初期まで活 …
九七式司令部偵察機Ⅱ型 さすが日本メーカーのファインモールド社製のキットで何の問題もなく製作でき出来上がりもいいが逆にあまりにも易々と仕上がるので物足りないと思う人が出るかも。キット入手は容易である。 符号 キ-15 Ⅱ …
九八式直接協同偵察機 直接協同偵察機は第一線部隊に直接協力することを主任務にした偵察機で昭和13年の制式採用以来最大速度は九七司偵よりはるかに劣る348㎞/hながら中国戦線で終戦まで活躍を続け合計で1333機も生産された …
九九式軍偵察機 軍偵察機は主として捜索に使用する偵察機で時には爆撃にも使用することを考えていた。1/48キットはニチモで、1/72キットはハセガワで発売しており入手は比較的容易である。 符号 キ-51 縮尺 1/48 模 …
百式司令部偵察機ニ型 九七司偵を超えるさらに高性能な偵察機の開発を企図し双発の偵察機として昭和15年制式採用となった。二型は最大時速604㎞/hを記録し終戦まで全戦域で活躍し、この二型の一部は海軍でも使用している。この二 …
百式司令部偵察機三型甲 エンジンをより強力なものに換装して機体を再設計した三型は最大時速630㎞/Hを記録、昭和19年6月頃から実戦配備された。二型とは別の飛行機のように見える三型の1/48キットはタミヤが発売しており入 …
百式司令部偵察機三型乙 B-29による本土空襲への対応策として高性能の百式司偵に37㎜機関砲を搭載したものを三型乙と称する。操縦席の上にアンテナのように見える棒状のものが37㎜上向砲で高度1万m上空を飛ぶB-29の下にも …
三式指揮連絡機 指揮連絡機とは地上部隊の指揮官や高級将校が指揮や連絡に使用するために離着性能に優れた軽飛行機で弾着観測や傷病兵の後方輸送など幅広く使われた。ドイツのフィーゼラーFil56シュトルヒを輸入して参考にして日本 …
三式指揮連絡機 ドイツ陸軍のフィーゼラーシュトルヒ連絡機を参考にして軽快な機体で偵察、砲兵観測、指揮連絡用の前線用連絡機だったが戦局悪化によってその需要がなくなり、昭和18年11月に対潜水艦哨戒機に転用されることになった …