「いつまでも過去を軽んじていると、やがて私たちは未来から軽んじられることになるだろう。」とは井上ひさしさんの箴言です。

ところが最近の日本人は若者を中心に“過去を軽んじる”どころか“過去に無知無関心”の輩が多くなっているのではないかと心配しています。

随分前ですが、石巻から仙台に向かう電車に乗ったとき日中でしたから一両の電車に数人しか乗っておりませんでした。私の斜め向かいに座っていた茶髪のあんちゃんが携帯電話で大きい声で話し始めたのです。「オウ、日本てさアメリカと戦争したことあんだってな、知ってた?うん負けたみたいよ。」私は一瞬にして怒りがこみ上げ思わずこいつを蹴倒して足で踏みつけ「きさまは少なくとも小学校と中学校で2回は歴史を習っただろうが!日本人が三百万人も死んでんだぞ!!広島長崎の原爆禍を知らねえのかこの野郎!!!」と罵倒したい気持ちに駆られましたが、学生時代空手部で鳴らした(いや鳴ってない)のも今は昔、腕力ではかないそうもなかったので堪えました。まさに戦後日本の歴史教育失敗の標本を見る思いでした。文部省と日教組のバカ野郎!!!!を世界の中心で叫びたい気持ちでした。

しかもその後の電話で、車を買う話とグアム島に泳ぎに行く話をするではありませんか。人を見た目で判断するのはよくないことではありますが、身なりからして正業についていようとは到底思えない“過去に無知無関心な”こんな輩が、車を買ってさらにグアムに泳ぎにいける日本という国は一体何なんだろうと複雑な気持ちになりました。
昭和19年8月グアム島守備の小畑英良中将以下2万人の日本兵が戦死(米兵戦死傷7千)している島でそのような事実も知らず(知ろうとせず)にのうのうと遊ぶ輩を無念の思いで死んだ日本兵の幽霊たちは何ゆえ取り殺さないのか不思議でなりません。俺たちはこういう奴らを遊ばせる為に死んだのでは断じてないのだと英霊たちは怒っているはずです。

私は井上ひさしさんを劇場で何度かお見かけしていましたが、数年前に紀伊の国屋サザンシアターの待合室においでになっていたので井上さんの「円生と志ん生」という作品について是非質問したいことがあったのですが、生来気の弱いショーシン者である私はついに声をかける勇気がなく開演のベルが鳴ってしまったことがありました。

井上さんの言う“過去を軽んじる”どころか“過去に無知無関心を続ける”とやがて私たちは未来からどういう裁き仕打ちを受けることになるのかを聞いてみたいのですが、その機会はついに永遠に失われてしまいました。

再び合掌

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