昨年夏とうとう千代田区有楽町にある東京宝塚劇場に足を運んで“ヅカデビュー”しました。といっても私のことではありません。当事務所のお客様でお医者さんのS先生が還暦にしてついにヅカデビューを果たしたというエッセイを医師会報に掲載されたのです。
奥様と、医師でもある娘さんのお二人が大の宝塚ファンなのだそうですが、先生は出されたパンフレットを見ても濃い目のバッチリメークでタカラジェンヌの顔の区別がつかないのだそうで「何がいいのかさっぱりわからないまま社交辞令で」昨年春ごろに「面白そうだね、俺も一度観てみたいなと言ってしまったのが運の尽き」で奥様と娘さんはS先生のこの一言を待っていたのです。あっという間に「東京宝塚劇場のチケットを入手しました。」と言われてしまったとのことです。お優しいS先生は内心“エエ~”と思ったが顔には出さず、「ハイ」と一言。
「怖いもの見たさもあってノコノコついて行って劇場に入るとそこは一瞬たじろぐほどの乙女の世界」で男女比率は1対30ぐらいとか。「完全アウェー状態 違和感半端ねえながら腹をくくって着席。」ところが一旦お芝居とショーが始まるとラインダンスの脚線美に目が釘付け、タカラジェンヌが客席降りの時は目が合ってしまい「年甲斐もなくドキドキしてしまった」とのことでした。
先生は「演目がすべて終わってグッタリし、目がチカチカした。でも右脳が活性化するらしいのでまあいいか。」とのさすがお医者さんらしい表現でありました。
こうしてめでたくヅカデビューを果たした感想を奥様に問われ「ヒジョーに楽しかったよ!」と言ってしまったらその後1年でなんと6本も観に連れていかれたとか。最後にS先生は「元気の素・夫婦円満の素を見つけたということで楽しんでいる。男性も“イロモノ”的目線を捨てて一度足を運んでみてはどうですか。」とエッセイを締めくくっておられました。
いやあ、楽しいエッセイというより羨ましいぐらいに素敵なエッセイでした。でもS先生は大柄で怖い感じのするお医者さんでは全くなくって、どちらかと言うと親近感をもって接してみたくなるような柔らかいタイプの先生なので、宝塚ファンだと言っても違和感を持つ人は多くはないような気がします。(でも初めて聞いた時は正直ビックリしました。)
今は、花組娘役トップで仙台市出身の仙名彩世が大のお気に入り(私は名前すら知りませんでした。)で、ご自分の机に数枚のブロマイドを飾ってご満悦!なんだとか。きっとこの写真を(目を乙女チックに♥マークにして)うっとりと眺めながら、宝塚歌劇の世界に引きずり込んでくれた奥様と娘さんに心の中で感謝されていることと思います。
私も30年以上前でしたか家内に歌舞伎の楽しさを伝えたいと、苦労して最前列の席二枚を手に入れて一緒に観劇したことがありましたが、見終わって「これほどまでにお金と手間暇をかけて観るほどのものでもない。」とあっさり冷たく言われてしまい、歌舞伎座の1列目の席に二人で座るまでの苦労・苦心惨憺が報われず唖然呆然意気消沈・沢口靖子さまが一般男性と結婚!ぐらいの衝撃を受けたことありました。
その点S先生はエライ!全く素養のなかった舞台を一瞬にして気に入ってご夫婦でしょっちゅう東京宝塚劇場まで観に行かれるのですから。
先日実家近くのとあるスーパーで寒い中、綿入れ(通称どん服)を着込んで少し左右に揺れながらエッチラオッチラこちらに歩いてくる年寄りがいたのです。幼稚園から中学校まで一緒だったA君のお父さんの方かなと一瞬見まがいましたがなんと本人でした。高校卒業以来会ったことがないので40数年ぶりの再会です。息子というのは年を取ると男親に似てくるものかどうか、その昔見かけたことのあるA君のお父さんに顔かたちがそっくりでした。A君は他県の国立大学を出て小学校の先生になり校長をもって退職、第二の職場も退職して全くのご隠居さんになってしまったので奥さんに言われて一人でスーパーに買い物にやって来たとのことでした。本人曰く「趣味もないし毎日がつまらない。」と。イヤーその老けた風貌には驚きました。
またあるとき大学時代の同じゼミ仲間数人と一緒に食事をしたときB君が口と頭を指さしながら「おめえさあ、歯と毛どっち残したい?」とちょっとおどけた調子で聞いてきた時は、ひっくり返る思いでした。大学時代スマートでモテにモテまくったあのB君がでっぷりと太って髪も薄くなり歯も悪いらしいのです。綾小路きみまろじゃあないが“(大学卒業後)あれから40年!”の歳月はその昔コーガンカレンの美少年をこうも変えるものかと思いましたね。このB君も「毎日が退屈でね。」と嘆いていました。仕事をやめて社会とのつながりが切れると男はこんなにも心身ともに衰えるものかと驚愕する思い、いや恐怖すら感じました。
以前ある評論家の講演で聞いたことでしたか、充実した老後を送るためには“きょうよう”と“きょういく”が必要なんだそうです。“教養”と“教育”ではありません。「今日用事がある。」と「今日行く所がある。」の“今日用”と“今日行く”なんだそうです。うまい表現ですね。
冒頭に述べたS先生は読書家で食通でもあられ多方面に何でもお詳しい方で、還暦を過ぎたとは全く感じられないぐらいにお若い風貌です。お医者様ですから、当然“今日用事(仕事)がある。”そして“今日行く所(宝塚劇場)がある。”訳ですから、毎日が心身ともに充実していること疑いありませんね。
とにかく仕事や趣味その他の分野で社会とつながり続けることの大切さを感じさせてくれるお手本のような方です。あやかりたいものです。