当事務所の顧問先の常務さんから「歌舞伎を観てみたいんです。」と一年前ぐらいから言われておりました。

歌舞伎は、何の予備知識も素養もない方が初めて観た場合理解しにくい場面が多くきっと訳が分からないまま終わってしまう可能性が高いお芝居ではないかと思われます。それにはいくつかの理由があるのですが、歌舞伎を観るうえで様々な約束事は観客が当然に知っているものという(歌舞伎座側の)前提が歌舞伎というお芝居が初心者にはわかりにくい原因の一つです。

さらに人気狂言の忠臣蔵などは全十二段にも及ぶ長いお芝居で通しで上演するときっと十数時間もかかるのですが、多くの場合そのうちの一つの段だけを歌舞伎座でお芝居として演ずるのです。全体のストーリーがわからないとそのうちの一部分の場面の舞台を見ても前後関係がわからないためにさっぱり面白いと感じない場合も少なくありません。これも歌舞伎座側がちょっと不親切だと私は思うのですが、そんなことは先刻承知の観客だけが見に来てくれればいいのだという(要するにわからない人は観に来てくれなくて結構という上から目線的?な)意識がもしかするとあるのかもしれません。安土桃山時代の出雲阿国(いずものおくに)が創始したかぶき踊りが様々な変遷を経て現在の歌舞伎につながっていて、いわば数百年にわたって完成されつくしたお芝居なので歌舞伎座にとって“おなじみさん”というコアな観客を相手に、長い間お芝居を続けてきたので初心者にとってはわかりにくいお芝居に写るのではないかと私は考えています。

顧問先の常務さんが初体験となる歌舞伎の演目を何とかわかりやすいものにしたいと思っていたら平成28年10月の新橋演舞場で片岡愛之助主演の十月花形歌舞伎「GOEMON」(かの大盗賊石川五右衛門のゴエモンです。)が公演されることになり、これなら誰でも知っている(最近はそうでもなさそうですが)わかりやすいだろうということで苦労して最前列のチケット三枚をゲットして顧問先の社長も含め三人で観劇しました。

そしたら新橋演舞場のロビーに和服を着たかなり大柄の女性が後ろ向きに立っているのです。随分大きい人だなと思って顔をみたら何と愛之助さんと結婚したばかりの(一応)新妻藤原紀香!だったんです。ミーハーの私は嬉しさのあまり近くの壁際に立ってじっと見つめていましたがやっぱり普通の人とは違うオーラがビンビン伝わってくるようでした。

ストーリーは五右衛門が実は日本にやってきていたスペイン人宣教師と日本婦人との間に生まれた赤髪の混血児で、スペインに帰国した父親を偲んで重そうな和服を着ながらなんとフラメンコダンスを片岡愛之助扮する五右衛門が足も軽やかに踊るシーン(日本舞踊の動きに慣れ親しんだ愛之助さんにとってどんなにか大変だったことか。)もあって楽しいことこの上ありません。案の定、わたくしの隣に座る社長さんと常務さんは舞台にくぎ付けで一生懸命舞台を見つめていました。片岡愛之助が観客席まで降りてきて座席に腰かけている女性の膝に軽くちょこんと座ったり(もうキャーキャーの大歓声)、宙乗りが2回もあったり(この時だけは2階席と3階席が特等席になります。)さらにプロのフラメンコダンサー佐藤浩希さんが踊る本物のフラメンコも全く違和感なくお芝居の中に溶け込んでいました。

完成されつくした伝統の歌舞伎にこのような斬新な手法も取り入れながら歌舞伎は数百年という長い間にわたり庶民の支持を集め続けてきたのだと思います。歌舞伎に興味のある初心者にとってはこのようなわかりやすく楽しいお芝居(“研辰の討たれ”や“野田版鼠小僧”など)から最初に入るのがいいと思います。そのほかに数は少ないですが笑えるお芝居(“身代り座禅”や“浮かれ心中”、“らくだ”など)や、怪談物(“四谷怪談”や“牡丹灯籠”など)そしてホラーチックなコメディ(“狐狸狐狸話”)なんていうのもあり歌舞伎入門編に適した演目も少なくないのです。初心者の方が最初にわかりにくい演目を見てしまうと一生歌舞伎にご縁がなくなる可能性大です。ですから詳しい人に演目のアドバイスを受け、さらに事前に筋書本を入手して粗筋を3回ぐらい読んでストーリーや時代背景を頭に入れてから歌舞伎座に行かれることをお勧めします。そこまでして行きたくないという人はやはり歌舞伎にはご縁がないかもしれませんね。

さて(日本舞踊の名取でもある)愛之助さんが踊ったフラメンコです。少しアレッ?と思ったのが、顔の表情の豊かさなんです。日本舞踊では喜怒哀楽の感情を全身で表現するので顔の表情がほとんどない(“顔で踊るべからず”とすら言われている。)のです。ここが洋舞と大きく違う所の一つのようですが、さすが愛之助さん洋舞のフラメンコを踊るときには顔でも感情を表現していたように見受けられました。

ところで“舞踊”と一口に言いますが“舞い”と“踊り”の違いをご存知でしょうか?“舞い”とは神様に奉納するもの(従って神社のお神楽や巫女さんによるものは舞いなのです。)で基本的に横の動きになりますが、“踊り”は民衆の念仏踊りに見られたような躍動で基本的に飛んだり跳ねたりの縦の動きなんだそうです。

ともあれ顧問先社長さんと常務さんに初めてとなる歌舞伎にお連れして「大変面白かった!」とおっしゃっていただけてホッと胸をなでおろしたのでありました。