平成21年9月の明治座はコロッケ主演の「仙台四郎物語」でした。
“仙台四郎”をご存知でしょうか?江戸時代末期に仙台に生まれ明治(35年頃没)まで生きたほとんど言葉を喋れない知恵遅れの男で、仙台市内を徘徊し“四郎馬鹿”と呼ばれていたそうです。ところが何故か四郎が立ち寄る店がことごとく繁盛した為に、いつの間にか“福の神”として大切にされるようになったといういわば都市伝説の走りとも言うべき実在の人です。四郎が亡くなって100年以上たつというのに仙台や石巻の店(飲食店が多いような気がします。)には四郎が腕組みをしてニコニコしている写真や堤焼きの置物が縁起物として店先に飾られているのをよく目にします。また仙台クリスロード商店街にある三瀧山不動尊は開運招福、商売繁盛の寺として知られていますが、ここのお不動さんとともに奉られているのが“福の神仙台四郎”で参詣客が絶えないといいます。
お芝居は四郎の様々な伝説や、伊達政宗没後250年祭の山車の先導を四郎が努めた(明治18年)などの記録に残ったものを組み合わせた肩の凝らないものでした。
地方を題材にしたお芝居で避けて通れないのが方言や言葉のイントネーションの問題です。
このお芝居は明治の仙台が舞台となっているので、“正調仙台弁?”が交わされねばならないのにもかかわらず役者さんたちの台詞がさっぱり仙台弁に聞こえないのです。私は仕事で東北六県を全部まわり又知り合いも多いことからそれぞれの県の方言をある程度聞き分けることができますが、熊本出身のコロッケをはじめとしたこのお芝居のメインキャストの出身地はみんな東京や神奈川、大阪で東北出身者は皆無でしたし、おそらく演出家は“東北弁”あるいは“ズーズー弁”とヒト括りにしているのだと思いますが、仙台弁がいい加減で岩手や秋田、山形、福島の訛がちゃんぽんになっていて宮城県人としてはかなり違和感がありました。
乞食や物貰いのことを宮城では“ド”にアクセントを置いて(今は使いませんが)“ホイド”といいました。ところが舞台上で大空真弓が“ホ”にアクセントを置いて“ホイト”と言っていましたが、違和感を通り越して(お上品に言おうとしたのかどうか)思わず笑ってしまいました。
ただしあくまでもお芝居ですから、リアリティをトコトン追求する必要は全くないのは当たり前の話です。要するに東北地方の言葉のようだなと大方の観客が思ってくれればいいのです。平成19年12月の明治座で徳島県を舞台にした「眉山」というお芝居が公演されました。主演の宮本信子や山本学、熊谷真美などメインキャストは全員徳島出身ではありませんしたが、徳島弁(正しくは阿波弁と言うそうですが。)を知らない私にはなんの違和感もなく聞くことができました。
面白かったのは幕間(→“まくま”ではなく“まくあい”と読みます。)です。幕間の時間はトイレや売店での買い物に立ったり、おしゃべりや居眠りなど思い思いに過ごすのですが、今回の20分の幕間に舞台の上にスルスルとスクリーンが下りてきたのです。なんだろうなとスクリーンを見たら堅く握った手と手が大写しになっています。えっ何コレッ?と思っているうちに舞台側のどこからか観客席側を写しているのでしょう、手のアップからカメラが後ろに下がって全体が見えるようになると若いカップルが隣通しの席でしっかりと手を握り合っているのがわかってスクリーンを見つめていた観客から笑い声が起きました。10秒あまり後でしょうかこのカップルがスクリーンに映る自分たちの姿に気付いてびっくり仰天して手を離し、お互いそっぽを向くように離れたのは。その瞬間に又大爆笑でした。
次にカメラがターゲットに選んだのは小さい手鏡を見ながら付け睫毛を一生懸命セットしている若い女性でした。この女性はスクリーンに映し出されている30秒ほどの間ついに自分が舞台上のスクリーンに写っていることに気がつきませんでした。場内はそれにも大笑いです。
更にカメラは今度は頭が見事に禿げ上がった中年の男性がなんと鼻毛を抜いているシーンをアップにしたのです。こんなのは人権ジューリン、メーヨ毀損じゃないのかしらと心配になるぐらいこの男性も自分のみっともない姿が満座の前で映し出されながらしっかりと三本も抜いたのでした。場内は爆笑に継ぐ爆笑でしたがこの男性はとうとう気がつくことはありませんでした。
4番目の哀れな犠牲者はすごい太鼓腹の男性です。だらしなく席で居眠りしているので当然にスクリーンに自分の姿が映されているのはわかりませんが、アップになったお腹を見て場内爆笑です。更にカメラは目ざとくこの男性のひざの上に乗っている本を見つけピントを合わせたら今話題の「いつまでもデブと思うなよ」という題名だったのでまたまた大爆笑でした。キットこの人たちは幕間に自分たちのみっともない姿がさらし者の如くスクリーンに映し出されたなど夢にも思うことなく機嫌よく後半の舞台を楽しんだんだろうなと思うと少し可哀相になりました。
最後は席で幕の内弁当を食べている女性でした。一生懸命ほおばっている自分の姿が映っているのに気がついたこの女性、一瞬びっくりして思わず左腕で弁当を全部隠してこそこそと食べたのです。昔小学校の時分、弁当の際にどういうわけか女子が自分の弁当を他の人に見られるのを恥ずかしがって隠しながら食べていたのを思い出し変に懐かしく可笑しかったです。
これまであまり気にすることのなかった幕間に観客席に座っているお客さんのしぐさを退屈しのぎにスクリーンで見るのは確かに面白かったのですが、覗き趣味のようで少しだけ後味はよくありませんでした。でもたまには又見てみたいですね、ハイ。